F-W 貴女の日本における ”成功の秘密” は何だと思われますか?
J-B TVドラマ(美しい人、1999年)が運をもたらしてくれたの。プロデューサーは、主題歌として使うフランスの歌を探していたのね。彼が、例えばフランソワーズ・アルディを選ぶ可能性もあったと思うのだけれど、私の歌をカジノ・ド・パリで聞いていたのよ。
私が歌う L'aquoiboniste(無造作紳士) が気に入っていたというわけ。それから、ベスト盤が発売されて、私のCDは5ヶ月の間、30万枚ヒットの外国曲セールスNo.1になったのよ。日本でエルトン・ジョン、ローリング・ストーンズとかボブ・デュランのアルバムに、私のアルバムが太刀打ちできたなんて、本当に驚きだったわ!
F-W 日本とは、随分長いお付き合いだとか?
J-B 初めて来たのはは1971年で、セルジュ・ゲンズブールと Cannabis の紹介のために来たの。その時、私はシャルロットを妊娠中で7ヶ月目だった。その後、ロンドンで収録したMelody Nelsonのジャケットが物語っているように……
皆さん、私の大きなお腹を不思議そうに見ていたわね。セルジュは私に ”アフリカの王様” っていうあだ名をつけて、二人で東京・京都・大阪をぶらぶらしたわ。 |